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ワトソン


2015年01月 患者さんは、医師から「急性骨髄性白血病」と告げられ、2種類の抗がん剤を組み合わせた標準治療を受けましたが、症状は悪化し、40度近い高熱や意識障害、さらに肺炎も発症しました。原因がはっきりしないまま、敗血症等で死亡する可能性もありました。そこで病院は、人工知能にその原因を探らせることにしました。患者さんの遺伝情報を調べ、遺伝子の変化をピックアップして人工知能に読み込ませ、原因を分析させました。すると10分後には、当初診断された「急性骨髄性白血病」ではなく、「STAG2」と呼ばれる遺伝子の変化が根本原因の「二次性白血病」だという判断を示してきました。病院はこの判断を参考に治療方針を変更し、抗がん剤の種類を変えました。入院から8ヵ月後、患者さんは無事退院できるまでに回復しました。

人工知能は「ワトソン(Watson)」といいます。5年前に米国の人気クイズ番組「Jeopardy!」で、人間のクイズチャンピオンを破って一躍注目を集めました。その後、東京大学医科学研究所、IBMは共同研究を開始、2,000万件におよぶ研究論文、1,500万件を超える薬剤の情報、さらにがんと関連する遺伝子の情報等をワトソンに学習させ、診断が難しく、治療法が多岐にわたる白血病等のがん患者の診断に役立てる臨床研究を進めてきました。

ワトソンは自然言語(=話し言葉)で書かれたテキスト文を理解し、与えられた質問文の内容を分析し、解答の候補の確信度を計算し、確信度が高い候補が得られた場合に回答する、という一連の知的処理を高速に実施しています。解答の候補にスコアをつけて評価し、ある閾値(しきいち)以上の確信度が得られたときにのみ回答する、という仕組みです。前述の米国のクイズ番組の例では、間違えると減点になるので確信度が一定レベル以下の場合は回答しません。勝っているときには無理をしない、といったゲーム戦略も立て、対戦者のスコアと自分のスコアを比べて、正解の確信度により回答するかどうか、閾値を調整したりもします。

IBMは、Memorial Sloan Kettering Cancer Center(メモリアル・スローン・ケタリングがんセンター)や、テキサス州立大学 MD Anderson Cancer Center(MDアンダーソンがんセンター)等、米国の様々な医療機関と協力し、患者ケアの質を向上させるため、ワトソンの能力開発プロジェクトを展開しています。MEDLINE等オンラインでアクセスできる医療文献データベースや、各医療機関が管理している電子カルテから、データの取り込みを行っています。

※ MEDLINE

米国その他80ヵ国以上の国で出版される、37の言語の5,000以上の学術誌に掲載された1,500万を超える文献情報を網羅している。世界で最もよく使用される医学データベース。

医師は自分の経験からだけでなく、「この治療法だと過去に3%くらいの人に、これこれのようなリスクがありました」というように、その場でエビデンスを示しながら患者さんに説明できるようになります。さらに「見落とし」のチェックができる、新しい視点・洞察を得られる、というメリットもあります。人工知能に患者さんの遺伝情報を入力した結果、調べようとしていたのとは別の病気が将来発症するおそれがある、ということがわかってしまったという例もあるそうです。

医療制度面からみた、メリットもあります。米国にはホームドクター制度があり、患者さんはまず近くのかかりつけ医を訪れますが、かかりつけ医はあらゆる診療科についてオールマイティというわけではありません。ワトソンには、専門医が充実した病院とかかりつけ医のあいだの、ギャップを補う役割が期待されます。また米国では治療にとりかかる前に、その治療が患者の入っているヘルスプラン(≒医療保険)によってカバーされると確認されてからでないと、治療行為に入らないそうです。レビュープロセスが効率化されれば、治療を迅速に進められますし、また、エビデンスに基づいた一貫性のあるケアを行えるため、医療費の削減も期待されます。

課題もあります。コンピュータは時としてとんでもない間違いをする可能性があるわけで、「どうみてもこれは明らかに違うだろう」という人間的な判断は困難である、常識をアルゴリズム化することは難しい、とされています。診断・治療をどこまで人工知能に任せるのか? 医師との役割分担は? そして、もしも人工知能が誤診したら? 東京大学医科学研究所の宮野悟教授は「医師と患者のやり取りを横で聞いて、人工知能がその場で助言するような時代が、近い将来やってくる可能性がある。」と指摘しています。人工知能と共存していくために私たち人間の側も、倫理指針の策定や運用ルールの取り決め等について、整備していかなければなりません。

出典 : NHK WEB NEWS 2016.08.08 ほか

Responsible for the wording of this article is H.Endoh

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